ぶひまる雑記

生まれてから死ぬまで使用するトイレットペーパーはどのくらいの長さになるんでしょうか

松岡修造の凄テクに耐えたら30万円

太陽という言葉のほぼ同意語、そしてメンヘラという言葉の対義語として親しまれている松岡修造という人間がいる。


人間が明るく生きる上での教科書的な人物、松岡修造が辛くなった時どうやって乗り越えたか、それを知れたら我々メンヘラの救いになるのではないかと思い、松岡修造流メンヘラ克服メソッドを調べてみた。
アダルトビデオ風に言うと松岡修造の凄テクに耐えたら30万になるだろう。


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手始めにGoogle先生で「松岡修造 人生観」で調べたら彼の著書、人生を変える修造思想!と解くだけで人生が変わる! 修造ドリルの2つがトップに出てきた。彼の著書のタイトルにはエクスキューションマークをつけるが必須なのだろう。

これは松岡修造なりの凄テクの一つなのだろうか、買えという暗示に感じた。買おう。


次に「松岡修造の辛い時」で検索を行った。松岡修造の著書と共に辛い時期を経験している人間に向けた松岡修造の名言がまとめられたページが出てきた。松岡修造に辛い時は無かったのか、または見せなかったのか、それが人間としての強みなのか。

ここで私は松岡修造になることは不可能なのではないかと思い始めた。私という存在は松岡修造以外の凡人と同じということに憤りを感じた。私は松岡修造にはなれないという現実をGoogleに突きつけられている。


Simple is the best、松岡修造という人物の歴史から知るのが手っ取り早い。愚者は経験から学び賢者は歴史に学ぶ、ということからWikipedia先生に松岡修造の歴史を見せて欲しいと頼んだ。

今まで何度か松岡修造のWikipediaを拝見したことがあるので私は知っていた。彼はかなりの名家に生まれ、名家として生きることを自分の意思で捨てテニス一本で過ごしてきた。だがゆっくり熟読したことはなく、インターネットの海の中Wikipediaの松岡修造ページに松岡修造流メンヘラ改善メソッドがあるのではないのか。


松岡修造について興味深い、彼の転機になったであろう出来事が記されていた。彼は日本でもかなり有名な名家のボンボンなので幼稚舎から慶應慶應義塾高等学校へ進学するが、中三の頃に麻雀にのめり込み、麻雀ダコができるほど麻雀ばかり打っていた。

本当に羨ましい生活だ。何不自由のない環境、慶應、そして麻雀。しかも麻雀にハマる理由がその場で勝敗が決まるからだという、テニスのほうがすぐに勝敗が決まるのではないか、麻雀は東場南場と1ゲームがかなり長くなるのになと突っ込みたい気持ちでいっぱいになった。


麻雀に明け暮れた修造少年は、「こんなことばかりしていていいのか?」「テニスがもっと強くなりたいと思っていたんじゃないのか」「目標のないまま大学に進学し、成り行きで就職して社会人になるのか。そんな人生でいいのか」と自問することがあった。らしい。

そして「自分が本当に好きなものはテニスなんだ」という事に気付かされた松岡は、そうしたぬるま湯的環境(松岡はこれを「甘え地獄」と呼ぶことになる)からの脱却を図った、らしい。


何不自由なく育ってきたボンボンの家庭を、自分が一番好きなテニスや自分の意思で捨てることが最も大事なのではないかと若干15歳で悟ってしまう。大事なのはスポ根なのか?


好きな作家太宰治、嫌いな作家中原中也中原中也は嫌いだと言っていたと書いてあるのをみて、松岡修造は太宰治なんて読まないし嫌いなんて言葉発しないでしょ…と思っていたら別窓でエレファントカシマシのボーカル、宮本浩次Wikipediaのページを開いていたことに気づいた。納得した。

ちなみに彼は急須をたくさん所持しているらしい。この宮本浩次トラップも松岡修造の凄テクの一つなのだろうかと非常に感心した。

最終的に私は、松岡修造について必死に調べていたものの、ふとバイクが欲しくなりバイクに熱中してしまった。いまの私が陥っている甘え地獄からの脱却はバイクにかかっているのではないか。


私が本当に好きなものはバイクかも知れないのでバイクを買うために頑張って新たな環境で働こうと決意ができた。これでわたしも松岡修造に近づくことができた。大きな進歩だ。次は右利きになる努力を始めようかと思う。


ありがとう、修造少年。ありがとう、修造。
愚者は経験から学び、賢者は歴史に学び、メンヘラは松岡修造に学ぶ。